明治になり廃藩置県が行われると、横手手永(注1)から分かれて春日村になる。春日村(町)(注2) 役場が置かれたのが二丁目であった。明治30年頃には現在の月星化成株式会社のある所に 鐘淵紡績熊本工場が設立された。また現在の、駅前ビール館周辺には小笠原屋敷があった。 歴史的建造物の残る街並みは、近代化された建物の中に埋没されることなく、場所という空間 を重厚なものにしているように感じた。

(注1)手永(手長)とは「肥後藩、小倉藩などの地方行政区画」(広辞苑第4版)で、 当時の組よりは広い範囲で役人が民政をつかさどっていた。肥後藩においては細川忠利 が領主になってから実施された。

(注2)廃藩置県が行われると、春日村となる。当時の戸数は約400戸であったという 。明治39年に町政が施行され春日町となる。明治38年の戸数は約830戸であった。
(「春日の歴史」参照)

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撮影場所

〜写真の説明〜
  1. 百貫踏み切りを渡ったところから熊本駅方向
  2. 道路の左右には老舗の商店が点在する。「とらや」さんのおはぎがおすすめです。
  3. 春日第二郵便局
  4. 2000年秋に5丁目に移転しました。この建物も新幹線の建設でなくなるのでしょうか。
  5. 月星化成株式会社熊本工場
  6. 昭和17年、閉鎖中の鐘淵紡績に、つちやゴム株式会社が熊本工場を設立した。
  7. 熊本駅前から二本木口電停方向
  8. この道路を行くと、市電の終点田崎橋に至る。春日新道と言われて、明治23年開通。
  9. 駅前地ビール館、音羽屋
  10. この辺りに小笠原屋敷があった。肥後にあった小笠原家で最も大きかった(六千石)そうである。
  11. 二丁目9番、月星化成横の通り
  12. 電停二本木口を線路方向に入った道。蘇鉄の木の成長と古い塀が歴史を物語る。
  13. 二丁目4番の路地
  14. 春日の路地には小さな商店が多い。そして、昔からの常連客が寄っていく。
  15. 二丁目5番の旧家
  16. 旧家と言っても15年戦争後に建てられたものであろう。田崎への道路拡張も戦後であったという。
  17. 三嬌橋から熊本駅、白川橋方向
  18. 坪井川に架かるこの橋を渡ると、遊郭「東雲楼」のあった二本木を抜け、世安橋に至る。
  19. 二本木口電停
  20. 熊本駅前、二本木口、そして終点田崎橋で市電2号線は終わる。
  21. 月星化成周辺に見られるブロック塀
  22. 現在この場所には月星化成関連の施設は無く、飲食店が数軒営業している。
  23. 田崎橋電停
  24. この辺りが境界線、電停は田崎本町にある。坪井川から引かれる水路のはじまるところ。