明治になり廃藩置県が行われると、横手手永(注1)から分かれて春日村になる。春日村(町)(注2) 役場が置かれたのが二丁目であった。明治30年頃には現在の月星化成株式会社のある所に 鐘淵紡績熊本工場が設立された。また現在の、駅前ビール館周辺には小笠原屋敷があった。 歴史的建造物の残る街並みは、近代化された建物の中に埋没されることなく、場所という空間 を重厚なものにしているように感じた。
(注1)手永(手長)とは「肥後藩、小倉藩などの地方行政区画」(広辞苑第4版)で、 当時の組よりは広い範囲で役人が民政をつかさどっていた。肥後藩においては細川忠利 が領主になってから実施された。
(注2)廃藩置県が行われると、春日村となる。当時の戸数は約400戸であったという
。明治39年に町政が施行され春日町となる。明治38年の戸数は約830戸であった。
(「春日の歴史」参照)
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