左の写真が「百貫踏切」。道路右が田崎一丁目、左が春日六丁目。この辺りに百貫電車田崎停留所が あったらしいのだが?道路を曲がったところが市営バス停留所「田崎踏切」。
右の写真は踏切から百貫方面の風景。この辺りには昔からの商店が多い。酒屋、米屋、豆腐屋、 雑貨屋…。どれも古き良き時代の面影を残していて、下町の商店という感じが好きだ。
この高野辺田という地名を知った時に、高野山と繋がりがあるのだろうかと思ったのだが、そのとうり 肥州高野山が近くにあった。現在のバス停の「上高野辺田」は春日七丁目、「下高野辺田」は池上町 にある。熊本総合卸市場の周辺や春日七、八丁目は田畑だったようで、高野山の寺領だったものと 考えられる。
風景というもの、記憶の中ではかなり曖昧だと(というか風景の微妙な変化を流れでは受け止められない)と思う。
高野辺田を過ぎると坪井川が見えてくる。そして井芹川と合流するのがここ高橋の辺りである。 右の写真、微かに見えるのが高橋稲荷神社に通じる高橋稲荷大橋。高橋稲荷神社は日本五大 稲荷神社の一つである。
ここを船が行き来していたのだろうが、現在川面を揺らすのは風。どこからかやって来た風だけだ。
この楢崎あたりまで来ると海を感じる。匂いもする。松尾川から引かれているであろう用水も、 井芹川でその役目を終える。ここで漁具を見かけた。そのことに非常に感動した。(当たり前の ことかもしれないが)春日では海を感じる隙さえないのだが、すこし、本当にすこしだけ行けば 海がある。
熊本市は海に面しているのだが、なぜだか海の気配がない街である。(それは僕の気のせいかも しれないのだが)普通これほど近くに海があるとその気配を身体のどこかで、あるいは風景の 一部で感じると思うのだが、それがない。川のイメイジがその気配を消しているのか、それとも …。分らない。
終点の百貫。左の写真の辺りに電車の停留所があったという。右下の道路が旧道。あたらしく 国道501号を建設する際、旧道と国道の間を埋め立てた、ということである。
ここが港町であった。
覆された風景のかけらを探そうとしたが、そこには逆光を通して一隻の廃船だけが、砂に埋もれ ているだけであった。その物言わぬ輪郭のまわり、その周囲の光だけが、かすかに過去との接点で あるかのように感じた。