「いっらしゃいませ〜」なんて掛け声とともに店員の笑顔が迎えてくれる。で、レジに行 くと「今日は寒いですねぇ〜」なんて声もかけてくれる。日本のコンビニの話である。 んでもって例の過去形の質問「〜は良かったですか?」とまですすめてくれる。

ハンバーガーの店のことである。デパートに行けばなんでも買えるし冷暖房完備で 休憩所にもなる。町を歩いていてトイレに困ったことはない。なんて良い国なんだ。

と、まあ日本のことはさて置いて…。ethiopiaで一番大きいであろうマルカートの市場は 、おそらく数千とはいかないまでも千に近いぐらいの店が、これでもか〜っていうぐらい にひしめき合っている。

と書いている本人であるボクも全部の店を見たわけでもなく、 マルカートといわれる場所の隅々まで行ったわけでもないので分からないのだが、それぐ らいに感じたのである。

感じただけで、実際はもっと少ないかもしれない。雑然いや猥雑とした通り、いや通りと いうのは整然としているものを想像するから、やはり歩行ができるだけの空間と言ったほ うがいいのだろう場所は、物と人と家畜と塵と埃と臭いと雑音と……に満ち溢れていたも のだから、実際よりも多く感じられたのかもしれない。

地方の市場は開かれる日が決まっていて、その日には近隣の村から大勢の人が集まってい た。昔の日本でもそうだったようで、その名残は二日市、四日市、五日市なんて都市名に とどめている。

その市の日の賑わいは、ちょうど祭りの屋台みたいにボクのココロをと きめかした。さりとてそれほど買う物というのもなかったのだけれど、かなり怪しい物 もあって、それを眺めるのが楽しかった。

市は食料、それも穀物が中心であった。雑貨は中国製品がほとんどで、アフリカのそれも かなり奥地の村で中国製品が売られていることに、中国の底力を見たようだった。 恐るべし中国である。

ボクの住んでいたアンバ子供村周辺にはズワイ湖やアワサ湖などと言う大きな湖があって 、農業にその水を利用できるので比較的に食料は豊富にあったように感じた。この国に 来る前にテレビで見た旱魃に苦しんでいる光景を見ることはなかった。

確かに人々は 貧困に喘いでいるようであった。その貧困というものも住んでいるうちに相対的な見方 をするようになった。日本と比べると貧しいのだけれども、この現実しか知らなかった としたら、と言うか、この市場に来ている人々には果たして貧困という意識はあるんだ ろうかと思った。

この広げられた穀物の山を前にした時、ボクはいつもそういったこと を考えていた。ボク達の生活と比べると貧しいんだが……。

テフというのは稗や粟に似た穀物で、ethiopiaではそれを粉にして水に溶いて発酵させ 薄く焼いたインジェラというのを主食としている。厚いクレープを想像して もらえば良いと思う。発酵させるものだから焼いても酸味があり、慣れないと食べ難い かもしれない。

そのテフも等級があるようで、それはテフ自体の品質もあるだろうし 精米度というのもあるかもしれない。その精米度が焼いた時の色に表れるのだろうか、 ものすごく濃い肌色のインジェラもあった。あるいは嵩を増すために他の穀物を混ぜて いるのかもしれない。地方では白いインジェラをあまり見なかった。 良質のテフは首都に集められているのかもしれないなんて考えていた。

発酵させたものと言えばケベと言うバターがある。

女性はこのバターを髪にぬる。 整髪料として使用する。ま、油だから髪には良いだろうが、なんせ動物性発酵物質な ものだから臭う。もしかしたら匂っているのかもしれないのだが、毎日風呂に入る という習慣もないものだから、日増しにその臭いあるいは匂いは強くなっていく。

髪は女の命というのは世界共通だとすると、その臭いよりは髪自体を大切にする というのも分からなくはない。それに臭いにも文化があるので、(例えば納豆ですね) ethiopiaの男性諸君にとっては媚薬になっているのかもしれない。

いやそうに決まっている。いくら髪に良いといっても臭いと感じるものを塗ったりしない と思うのだ。

納豆を髪に塗る人は見たことないと思っていたら、なんと納豆の成分が髪に良いらしい のですよ。臭うものってのは刺激があるでしょうから、ま、頭皮にはいいかもしれませ んが……。

さて、一番下の写真は歌って踊るサンダル売りだ。日本でいう口上商人、実演販売、 バナナの叩き売りといったところだろうか。

問題はこのお兄さんではない。このサンダル が何で作られているかである。じつは廃タイヤで作っているのである。もとい、廃タイア なんていう「廃」という観念がないのである。常に物はリサイクルするのものであって、 無限なのである。

これは宗教観によるのかもしれないと根拠のないことを考えたことを 思い出してしまった。ようする「日本人の物に対する考え方は、仏教の輪廻回生、曼荼羅 世界を基にしており…云々云々」ま、ようはもったいないということだろうし、商売に なるからだろうけど……。

このサンダルの最後はどうなるかは確認してないのだけれど、 きっと再再生サンダルや子供用サンダルに姿を変えるのだろう。う〜ん、ボクの頭では それぐらいしか想像できませんが、きっともっとすごいことになってしまうかもしれない 。